樋口由紀子
胃の中で暮しの蝙蝠傘押しひろがり
奥村数市 (おくむら・かずいち) 1923~1986
胃というのは敏感な臓器で、心配事や嫌なことがあるとすぐにちくちくと痛む。また、食べ物を消化してくれるのも胃の大事な役目である。そんな胃の中に蝙蝠傘があるという。その「蝙蝠傘」は昔によくあった重くて大きな傘で、今のようなワンタッチの手軽で軽量のものではないだろう。それも「暮しの蝙蝠傘」。「暮し」とは生活のことだろう。生活をしていく中で、存在感のある傘が胃の中で押しひろがってゆく。ゆるやかに、それでいてぐっぐっと、じわじわと胃の壁を押すように大きく広がってゆく。
不思議な感性である。しかし、私も自分の胃の中で蝙蝠傘が押しひろがってくるようなことがあったような気がしてきた。『奥村數市集』(川柳新書)所収。
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