廻国に見る芦の屋の里 打越
人恐ぢぬ世々の掟の鶴の声 前句
下馬より奥は玉の摺石 付句(通算62句目)
『西鶴独吟百韻自註絵巻』(1692年頃)
【付句】三ノ折・表12句目。 雑(神祇)。 下馬=下馬すべき所。聖域への乗馬を禁じた下馬札(げばふだ)のある下馬先。参考〈鬼神も下馬鶴の羽音ぞ大矢数/西六〉 玉の摺石(すりいし)=玉砂利。
【句意】神社の下馬先から奥は玉砂利を敷きつめた参道(である)。
【付け・転じ】前句の掟(生類憐みの令)を神社の制札(禁令)に見替え、さらにそれを下馬札に限定した。
【自註】此の下馬、*御朱印地の宮居のありさまにして付寄せ侍る。一ノ鳥居のほとりに**札立て置きて、***神山の花・とり(鳥)をおどろかす事、かたくきんせい(禁制)、是によつて、****東路の道者、落書せざりき。
*御朱印地の宮居=幕府から御朱印状により社領を与えられた格式ある神社。
**札(ふだ)=制札。境内の禁制を記した木札。下馬札もそのひとつ。
***神山(かみやま)=神社の領域内の山。 ****東路の道者(どうじや)=関東筋の団体巡拝者。
【意訳】この句の下馬札は、御朱印地の神社のありさまをもって付け寄せています。一の鳥居のあたりにこの札を立てておき、神域の花や鳥にいたずらすることを固く禁じ、これによって関東筋の巡拝者も(俗習である)落書きをしなくなった。
【三工程】
(前句)人恐ぢぬ世々の掟の鶴の声
一ノ鳥居に禁制の札 〔見込〕
↓
一ノ鳥居に下馬札のあり 〔趣向〕
↓
下馬より奥は玉の摺石 〔句作〕
前句の掟から神社禁制の木札を連想し〔見込〕、〈どのような制札か〉と問うて、下馬札と限定し〔趣向〕、下馬先から奥の玉砂利の参道をもって句を仕立てた〔句作〕。
●
英一蝶さんの没後300年展でも落書が画題になってて、鳥居や仁王門にいたずら書きをする巡礼たちが面白おかしく描かれてましたが……。
「物詣の衆がな、かたみ(=記念)にな、己れの名なんぞを書くんやが、肩車して鳥居の高いとこに書いたり、長い棒に筆をくくりつけてな、仁王さまのおみ足へ柵越しに落書したりしてな、ほんに罰当たりなことや。冥加おそろしきことや」
それで禁令のお札が……、けど、そういう鶴翁も神仏を擬人化して茶化してますが……。
「……」
まただんまりですか。