2022年12月9日金曜日

●金曜日の川柳〔後藤閑人〕樋口由紀子



樋口由紀子






身の程は五尺十三貫五百

後藤閑人 (ごとう・かんじん) 1913~1980

「身の程」というのは自分の身分、地位、能力などをいうのであって、身体の大きさをいうのではない。五尺は151.5センチ、十三貫五百は50.6キロ。現代ではもちろん、この当時の男の人にしてもかなり小柄である。作者のことだろう。

自分はこれぐらいの人間だと自嘲ではなく自恃だろう。自分というものをよく知っている。私の父も男性としては小柄な方だった。だからというわけではないが、勤勉家で負けず嫌いだった。無理をしているなあと子ども心に思っていたこともあった。この句を見つけて、久しぶりに父を思い出した。

2022年12月7日水曜日

西鶴ざんまい #35 浅沼璞


西鶴ざんまい #35
 
浅沼璞
 
 
高野へあげる銀は先づ待て  前句(裏八句目)
 大晦日其暁に成にけり
    付句(裏九句目)
『西鶴独吟百韻自註絵巻』(元禄五・1692年頃)

【付句】大晦日(おほつごもり)で冬。其暁(そのあかつき)で釈教(弥勒が出世する暁)。其暁―高野山(類船集)。前句との折合を配慮しての「けり留め」(番外編11、参照)。

【句意】無事に大晦日も過ぎ、弥勒の其暁ならぬ元旦の暁になったなぁ。
参考〈一夜明れば、豊かなる春とぞ成ける〉(『世間胸算用』巻一ノ一)。

【付け・転じ】寄進の「銀は先づ待て」という前句の諫言を、大晦日の掛払い(大払い)を控えてのものと見なした。

【自註】商人の渡世いそがはしく、町人の家々は天秤・十露盤の音高く、大帳に付込(つけこみ)、一年中の算用づめとてかしかまし。殊更、夜の明る迄かけまはる事あり。其暁と句作せしは、高野山への付寄(つけよせ)也。

【意訳】商人の大晦日は忙しく、町の家々は天秤・算盤の音も高く、大福帳に収入を記し、一年の総決算とてやかましい。殊に夜の明けるまで集金(掛乞い)に駆け回るケースも多い。「其暁」と句作したのは、「高野山」の縁語として付けたのである。

【三工程】
高野へあげる銀は先づ待て(前句)

大晦日勘定済ますのが先ぞ    〔見込〕
  ↓
大晦日みそ屋こめ屋も済ませたり 〔趣向〕
  ↓
大晦日其暁に成にけり      〔句作〕

前句を、大節季の支払いを控えての諫言とみて〔見込〕、〈どのような借金があるのか〉と問いかけながら、味噌屋・米屋の支払いを済ませたと思い定め〔趣向〕、「弥勒の其暁よろしく無事一夜が明けた」という題材・表現を選んだ〔句作〕。

【先行研究】「新編日本古典文学全集」では〈遣句ふうの付け〉と評されている。
 

「なに言うてんねん。遣句ふう、と見せかけての〈抜け〉やで」
 
確信犯というわけですね。
 
「わしは犯人ちがうで」
 
えーと、犯人と見せかけての〈抜け〉ですか。
 
知らんがな。
 

[註]
この付句と自註には『徒然草』の影響がみらる。詳細は佐伯友紀子氏の「「西鶴独吟百韻自註絵巻」における『徒然草』享受の再検討」(「表現技術研究」四号、二〇〇八年三月、広島大学)に譲る。


2022年12月5日月曜日

●月曜日の一句〔小川軽舟〕相子智恵



相子智恵






便箋はインクに目覚め冬の山  小川軽舟

句集『無辺』(2022.10 ふらんす堂)所収

まっさらな便箋に万年筆がインクを落としていく……つまり、文字が書かれていく。一枚の白い紙だった便箋は、万年筆のインクの滲みや掠れによって、一文字ずつ、文字が書かれたところから静かに眠りから覚めていく。何と美しい想像だろうか。便箋とインクの色は何色だろう。私は便箋は白、インクは藍色を思った。

取り合わせは〈冬の山〉。うっすらと雪が積もっているのかもしれない。山の静謐さが便箋と響きあう。今は静かな冬山はしかし、「山眠る」という季語の通りに、山に棲む生き物たちを静かに眠らせ、自らも眠りながら「生きて」いる。

便箋がインクに目覚めていったように、この冬山も春が来ればひとつずつ、木々や草花、虫や動物たちの命を目覚めさせていくのだ。

静謐な冬を、そしてその後には春の息吹が確かに巡ってくることを、無生物である紙とペン、冬山という生命を感じさせつつ眠るもの。このふたつの景のあわいで表現した、美しい一句である。

2022年12月2日金曜日

●金曜日の川柳〔中内火星〕西原天気



西原天気

※樋口由紀子さんオヤスミにつき代打。



ボクがダメになるまでの短い歴史  中内火星

たまに耳にする「人に歴史あり」というフレーズはテレビ番組名が発祥だそうで、この言い方にむず痒くなるのは、その歴史の「結果」として、りっぱな人間像が大仰に提示されることが前提となっているからだろう。たしかに人にはみなその人の歴史があるのだが(歴史皆無なら、むしろ神話的で凄い、のだけれど)、誰もが他人様に誇れるような歴史と現在というわけにはいかない。

その点、この句は、〈ダメになる〉というのだから節操がある(ダメになる前はダメじゃなかったわけか、という意地悪はさておき)。

だいたいにして、〈ボク〉とカタカナ書きの自称の時点で、この人、かなりダメだし。

(念のために言っておくと、私が言っている「ダメ」には、かなりの愛情と好感がこもっている)

でもって、〈短い歴史〉だ。それなりに長い、というのではない。またたくまにダメになっちゃったわけで、この人、作中主体だか作者だか、まあ、なんというか、もう、かなりダメです。

『What's』第3号(2022年10月25日)より。

2022年12月1日木曜日

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