【林田紀音夫全句集捨読・番外編】
二十句選 2/4
野口 裕
≫本誌・林田紀音夫全句集捨読
6 滞る血のかなしさを硝子に頒つ (p77)
塚本邦雄「百句燦燦」には、「鉛筆の遺書」と「滞る血のかなしさ」、二句が取りあげられているが、俳句門外漢の頃の私にとって、林田紀音夫の名は、「鉛筆の遺書」よりも「滞る血のかなしさ」とともに記憶されている。「許されず」と書いているが、屈する前に反抗があったようには見えない。流血ではなく、血も静かに抜き取られた。昆虫標本のように硝子上に置かれる血。林田紀音夫が「血」の特性として上げているのは、生命のシンボルとしての血ではなく、色でもなく、凝固性なのだ。確かにそれは、彼の句の特色をペシミズムと呼ぶにふさわしいものだろう。だが、受け身でありながらも、一面で冷静な意志につらぬかれた観察眼がもたらしたものでもある(「林田紀音夫全句集拾読」から)
7 他人の眼鏡に銀いろの河ジャズ途切れ (p79)
金子兜太に、「どれも口美し晩夏のジャズ一団」(昭和43年刊「蜿蜿」)がある。この句はそれを意識しているだろう。「美し」は一瞬の出来事。終わった後の孤独(孤立?)の象徴としての川の色を映す眼鏡。高揚が徐々に引いてゆく様を活写している。
8 ピアノは音のくらがり髪に星を沈め (p80)
写すときに、「星沈め」とタイプしていた。もう一度本文を確認すると、「星を沈め」となっていた。この「を」は、リズムの上で重要な役割を果たしている。リズムを整えると、描写だけに終わるように感じるところが、「を」によって、描写される髪に読み手の意識が引き寄せられる。対象となっている髪は配偶者のものではないだろう。隔世の感がある。(「林田紀音夫全句集拾読」から)
9 泡の言葉のみどりご鉄の夜気びつしり (p82)
嬰児の喃語を、「泡の言葉」といいとめたところは見事な表現。対して、外界の状況を認識する作者の目には鉄の夜気が映っている。この誕生を素直に祝う気持ちと、こんな幸福があるはずがないと言いたげな戸惑い、すぐにこの幸福は崩壊するに違いないという予感がない交ぜになった句が、長女が誕生してから並ぶがその中では一番の出来。
-長女亜紀誕生
レールをわたるそのひとりの生誕
生後すぐのたたかい満面に蟹棲まわせ
嬰児翅生みゆりかごの父を責める
泡の言葉のみどりご鉄の夜気びつしり
十五句ほど長女生誕に関係したものが続くが、その中から抜粋。正直パスしようかとも思った。だが、やはり拾っておこうという句もある。「レールをわたる」が、人生の悲惨を連想させる。だが、そう言っている口の端から笑みがこぼれるようなところあり。「ゆりかごの父を責める」は、ちょっと甘いかもしれない。「満面に蟹棲まわせ」や「泡の言葉のみどりご」が、印象的な言い回し。(「林田紀音夫全句集拾読」から)
10 乳房をつつむ薄絹夢の軍楽隊 (p85)
句集の流れからは、母子像と読める。ただ、一句独立して読む場合には、母子像とは無関係と読むこともあり得る。ただし、そう読むと句の後半の措辞は不安定になるだろう。「林田紀音夫全句集拾読」ではスルーした句。紀音夫の吾子俳句に特徴的な、幸福とその失墜の予感のうちの、幸福のみが描かれているような気がしたからだ。しかし、言葉による聖母子像として見事であると思い返して、この二十句選では選び直した。
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2011年7月31日日曜日
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