苔
中嶋憲武
恋をすると不安だ。だから本当は恋なんてしたくない。年がら年中彼女の事が気になってしまう。落ち着かないのだ。今夜の空模様みたいに。ついさっきまで晴れていたと思ったら、冷たい風が吹き出して猛烈な雨になった。ひどい雨だ。スクランブル交差点の中ほどでざあっと来たので、目についたコーヒーショップに入った。苦くて濃いコーヒーを飲みながら、雨の渋谷を眺めた。
昨夜の俺は有頂天であった。有頂天のひとりよがりで余計な事まで喋りすぎてしまったのかもしれない。駅で別れるとき、素っ気ない彼女の横顔が気になった。
降り止まないので透明な傘を購めて、JRに沿う公園を歩いた。銀色の雨の中、彼女の横顔ばかり目に浮かぶ。果たして俺は何を言ってしまったのか。ローファーはつるつる滑るし、彼女の機嫌は気になる。重苦しい夜空を浮遊する海亀のような気分だ。ぼんやり歩いていたら滑って転んだ。チノーズは泥でびしょびしょ。苔? 外灯の明かりに苔がぬめぬめと光っていた。最低。
世界ぢゆう雨降りしきる苔の恋 西原天気 (はがきハイク・第4号)
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