2018年12月22日土曜日
●土曜日の読書〔バオバブ〕小津夜景
小津夜景
バオバブ
熱が出た。
昼ごはんはロールド・オートを煮ておかゆにする。
ヴァロリスの陶器にあつあつのおかゆを盛り、ドライレーズンを散らし、バオバブの実の粉をふりかける。バオバブの実には柚子に似た香味があり、何かと使い勝手がよい。
暖かい部屋で、おかゆの香りと粘りを味わっていて、ふと十代のころに読んだ川田順造『サバンナの博物誌』(ちくま文庫)のことが頭に浮かんだ。著者が西アフリカのモシ族と共に暮らした六年の日々を、新聞の読者のために平明に綴ったこの本は、ちょうどバオバブの章から始まる。
「乾季のおわりちかく、バオバブはほかの植物にさきがけて、赤子の手のような若葉を出す。みんな待ちかねてこの葉を積み、モロコシやトウジンビエの粉を練った、サガボという主食につけるおつゆ『ゼード』の実にする(…)殻の中には、褐色のインゲン豆くらいの、かたい種子が一杯詰まっており、水でよく煮て搗き砕くと油がとれる(…)この種子をつつんでいる白い果肉には、駄菓子のラムネを連想させるかるい酸味があり、そのまま食べたり、水にひたして飲んだりする」
スプーンを口に運んでいると、しだいにバターの木、カールゴ豆の発酵味噌、モロコシ酒のダーム、道化師ホロホロ鳥、法界坊ハゲワシなど、モシ族の生活がことこまかによみがえってきた。インド洋から来たタカラガイの貨幣の話もなつかしい。ああ。今まで本によって、どれだけたくさんの旅をしてきたことだろう。
半分食べたところでおかゆに蓋をして、ベッドに横たわる。熱と汗とで体がべたついているのが少し気になった。
昔、風呂のない家に暮らしていたときは、母が病気の私を洗うために山菜の灰汁抜き用の大鍋でなんども湯を沸かし、洗濯機にその湯を移して風呂をこしらえたものだった。洗濯機は二槽式だったので、笑ってしまうほど小さな湯船である。母は抱きあげた私を、ちゃぽん、とその湯船に放つ。ドラム缶風呂に憧れていた私はこの洗濯機風呂が誇らしく、入るたびに病気を忘れて奇妙な踊りを踊っては、お湯がこぼれるからやめなさいと母に叱られた。だが叱る母も内心ではおもしろがっていて、スポンジで遊ぶ子猿みたいな娘のすがたをこっそりカメラに収めているのだった。
「熱、だいじょうぶ?」
ふいに声。目をあける。いつもの夫がいた。
「……いつ帰ってきたの」
「ついさっき」
「……今ね、昔のこと思い出してたよ」
「そう。オイル買ってきたから。これで体の乾燥防げるといいね」
そう言うと夫はバオバブ・オイルを枕元に置き、シャワーを浴びにバスルームへ行った。
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