相子智恵
蹼のうごき止まざる涅槃西風 有住洋子
句集『景色』(ふらんす堂 2018.10)所収
何の動物の蹼(みずかき)かはわからない。春の鴨や蛙だろうか。地上の私たちから見れば、水の上を造作もなくすーっとなめらかに滑っているように見える彼らだが、水の下にある蹼は絶え間なく、せわしなく動いている。彼らが進む後ろには、小さな水脈ができている。
そこに涅槃西風が吹いてくる。釈迦が入滅した陰暦2月15日頃に吹く〈涅槃西風〉。浄土からの風を思う。涅槃西風によって、静かな水はさらに、さざ波を立てているのかもしれない。
蹼の絶え間ない動きという「生」のイメージと、涅槃西風の「死」のイメージが水面にできたさざ波のように重なり合う。〈うごき止まざる〉蹼のある此岸から、〈涅槃西風〉の彼岸へ。そしてまた此岸へと流転する。水や風が流れ続けるように、何もかもがとどまらない。
じっと掲句を眺めているうちに、
蹼のうごき止まざる/涅槃西風
と切れていたものが
蹼のうごき/止まざる涅槃西風
にも感じられてきた。そこにはただ、〈止まざる〉生死の流転がある。
0 件のコメント:
コメントを投稿