相子智恵
朧夜の戦車は蹲るかたち 宇多喜代子
句集『森へ』(青磁社 2018.12)所収
春の夜の濃密な情緒を感じさせる〈朧夜〉という季語から、中七へ読み下して〈戦車〉との落差にハッとする。そして〈戦車は蹲るかたち〉という言葉に、また驚くのである。
キャタピラーを腹の下に抱え込んだ戦車の姿は、言われてみれば膝を折って蹲る人の姿に似ている。この擬人化によって、人が蹲る姿を思い浮かべ、そこから逆に戦車で蹂躙される側、つまり戦火から逃れるために地に蹲って身を守り、息をひそめる人の姿がイメージされてきた。美しい春の夜のしっとりとした空気の中で、人のように蹲る戦車と、擬人化で背後に浮かび上がる、蹲った人間。
ふわふわとした、あやふやな美しさに酔いそうな〈朧夜〉。なぜ作者があえてこの情緒たっぷりの〈朧夜〉の中に、戦車を見たのかはわからない。しかし一貫して戦争の記憶、そして戦後を書き続けてきた宇多喜代子という人の視点が、そこにはある。
戦車は、これからも蹲ったまま止まっているだろうか。人間は、どうだろうか。
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