2019年4月20日土曜日

●土曜日の読書〔コケ色の眼鏡〕小津夜景




小津夜景







コケ色の眼鏡

「抽斗堂」という遊びをブログではじめた。

週一くらいのペースで、抽斗の中にあるモノをひとつずつ解説するといった遊びで、今まで解説したのは、石ころ、押し葉、シーグラス、抜けた羽根、計量カップの把手、まつぼっくりのかけら、陶器の一部、細く刻んだ紙、壊れた時計、古びた箱、切符の半券など。いわゆる「どうでもいいモノ」ばかりだ。

自分でも、抽斗の中にあるモノの基準がよくわからない。が、抽斗からモノがあふれたことがまだないことからして、単純に気に入ったモノをどんどん集めているわけではないようだ。

いったいわたしは、どんな色眼鏡で世界を見、モノを分別・収集しているのか。

田中美穂苔とあるく』(WAVE出版)は、倉敷市の古本屋「蟲文庫」の店主である著者が、コケ色の眼鏡を通して見たご近所を綴った本である。コケといえば、ニューヨークの植物学者ロビン・ウォール・キマラーの書いた『コケの自然誌』は傑作だったし、尾崎翠『第七官界彷徨』もいい味出している。はたして『苔とあるく』はどうだろう。

そう思いつつ、ページをめくと、この手の本としては圧倒的に文字量が少ない。で、著者はそのほんの少しの文字でコケの生態をまず押さえ、それから採取・記録・保存・栽培・伝道・調理・おすすめスポットといった網羅的内容を語るのだが、これがぱっと眺めるだけでわかるくらいすっきりしている。図像も豊富だし、読み終わった時にはコケについて一通りのことがじぶんでできるように設計されているし、こういう本ってあるようでないかも。
数年前、店の裏山のコケマップを作りました。肉眼でもその違いが判りやすいコケを13橿頻ほどビックアッブして、風景写真とコケの拡大写真、それに簡単な解説をつけて地図上に配置したものです。
意認してコケを見るのは初めて、という人でもこのコケマップと照らし合わせれば、目の前にあるものが何というコケなのかを知ることができるためなかなか好評なのです。
このコケマップは写真家の伊沢正名さんとの出会いによって生まれました。ある時、ご自宅のある茨城県から、コケの撮影に屋久島まで行かれる道中に立ち寄られ、ひょんなことから「この辺りのコケマッフを作りましょう」ということになったのです。
はじめは、珍しいコケがあるわけでは ない町中のマッブを作ってどうするのだろう、くらいに思ったのですが伊沢さんは 「いや、普通の町中だからこそいいんですよ。山へいけば大きくて見栄えのするコケはいくらでもあるけれど、町中の地味なコケだって、じっくり見ればすごくきれいなんですから」と。
こんなふうに、著者はそのへんに生えている苔の啓蒙活動も行なっている。またその甲斐あってか、自宅と店とのあいだを日に15分ほど自転車で往復する生活をもう何十年も続けている著者のもとには、徳島の温泉、春休みの奄美、アメリカのオリンピアの森、スロベニアのイドリア鉱山となど、たくさんの人たちがいろんな場所に存在するコケを持ち帰ってくる。

みんな親切だなあ。著者の不動性もおもしろい。なんというか、ちょっとした宇宙の中心に鎮座しているみたいで。


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