2018年11月6日火曜日

〔ためしがき〕 俳句は誰にとって長く、あるいは短いのか 福田若之

〔ためしがき〕
俳句は誰にとって長く、あるいは短いのか

福田若之

いくつかのことがらを漠然と思い起こしながら、ふと、腑に落ちたことがある。

俳句は、言葉から発想する傾向があるひとにとっては、しばしば長いと感じられるはずだ。なぜなら、すでにある言葉がひとつだけでは、俳句にならないから。俳句は、たとえば季題から発想される場合には、ふつうはかならずその季題よりも長いものとして考えられる。このとき、俳句を書くことは、もとの言葉に対する足し算として経験される。

これに対して、イメージから発想する傾向があるひとにとっては、俳句はしばしばあまりにも短いと感じられるだろう。ひとつのイメージは、根本的に、言葉では言い尽くしようがない。だから、俳句に書き込むことのできるイメージは、作者の見た、ないしは思い描いたイメージよりは必ず少ないものになる。このとき、俳句を書くことは、もとのイメージからの引き算として経験される。

だから、この意味で、たとえば高柳重信にとって俳句は長く、金子兜太にとって俳句は短かったということはないだろうか。もちろん、結論を出すには慎重になる必要があるけれども、考えてみれば、これはなかなかおもしろい問いかもしれない。実際、この観点からすれば、たとえば重信の句は兜太のそれよりもはるかに今井杏太郎のそれに近いと言えるのではないかという気がする。理由はどうあれ、僕にとって、それはたしかに実感としてそのとおりだ。それも、このことは、『山川蟬夫句集』の重信よりも、むしろ『山海集』や『日本海軍』の重信についてよりよく当てはまることのように思われる。

ところで、読み手にとっては? ——それはもちろん、また別の話だ。

2018/10/31

2018年11月5日月曜日

●月曜日の一句〔堀切克洋〕相子智恵



相子智恵






露の玉こはるるまでを歪みけり  堀切克洋

句集『尺蠖の道』(文學の森 2018.9)所収

草葉の上の露の玉が滑って地面に落ち、壊れたところを想像した。地面に打ち付けられた露の玉が歪んで粉々に壊れてしまうまでの僅かな時間が、ハイスピードカメラのような視点で捉えられている。

〈こはるるまでを歪みけり〉は描写として優れているだけではなく、作者の内面の緊張感や屈折までを伝えている。それは壊れるところに焦点が当たってはおらず、壊れる前の「歪み」の方に焦点が当たっているからだ。粉々に壊れることはある意味、解放である。透明な球体が解放に至るまでのぎりぎりの緊張感の中にある歪みが、とても美しい。

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2018年11月4日日曜日

〔週末俳句〕ちょういいぐあいに古い 西原天気

〔週末俳句〕
ちょういいぐあいに古い

西原天気

散歩していて、ちょういいぐあいに古いビルに出会うと、カメラを向けてしまいます。自分にとってのフォトジェニックな物件。誰にとっても、というわけではないかもしれないけれど。


2018年11月3日土曜日

◆週刊俳句の記事募集

週俳の記事募集

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2018年11月2日金曜日

●金曜日の川柳〔平井美智子〕樋口由紀子



樋口由紀子






座ろうか立とうかバスという世間

平井美智子 (ひらい・みちこ) 1947~

「バスという世間」の見方に驚いた。動物的な勘のような捉え方である。バスに乗るときは肉体的にも精神的にもいつも同じ状態ではない。元気なとき疲れているとき、嬉しいとき悲しいとき、怒っているときもある。たいていは席が空いていたら座り、疲れていたら空いている席を探すか、詰めてもらってでも座る。バスの席とはそういうものだと思っていた。座るか立つかを決めるのを「世間」を見てから判断するというのは、彼女の生き方そのもののような気がする。

いろんな場に遭遇したときにここではどう対処すべきかを咄嗟に思いめぐらして、行動できる。場を一瞬で見抜いて、にぎやかにするのか、おとなしくするのか、察知する。たぶん彼女はどこでもどんなときでもどんな振る舞いも出来る人なのだろう。そうでなければ、この句は生れない。『窓』(2004年刊 編集工房円)所収。

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