2012年12月17日月曜日
●月曜日の一句〔榎本享〕 相子智恵
相子智恵
湖へ出て大根の切れつぱし 榎本 享
句集『おはやう』(2012.10 角川書店)より。
〈湖へ出て〉というのだから、この大根の切れ端は、湖へ注ぎ込む川を流れてきたのだろうか。それとも湖に出たのは作者で、湖岸で大根の切れ端を見たのだろうか。どちらにせよ湖と大根の出合いには意外性があり、写生句として不思議な輝きを放っている。冬の澄んだ広い湖の中に、真っ白な大根の切れ端が一点、ぽつんと清々しいのだ。
川と大根といえば、虚子の〈流れ行く大根の葉の早さかな〉を思う。写生の名句と言われる句だ。それへの意識も当然あるだろう。
作者は徹底した写生主義をとなえた波多野爽波の門。同門の岸本尚毅が選を担当している。岸本はあとがきで〈「写生」と「説明」のどこが違うのだろうか、「写生」のどこが面白いのだろうか、というような問題意識を持ってこの句集を味読して頂きたい〉と書く。また〈この句集を読むと、多くの佳句が拾えます。それぞれの句においては、宇宙の断片が断片のまま、キラキラと輝いています。それが俳句という詩に内在する一種の「思想」だと思います〉とも。
この大根の切れ端も湖も、ただそこにあって輝く宇宙の断片である。この俳句で作者に描かれなければ、それはただ消えてしまう一風景であった。そのような一風景の奇跡は、よく見れば私たちの周りに、どこにでも転がっている。
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