誰かに似た女
山田露結
はっとして目が覚めた。
「シマッタ、今何時だ。」
布団から体をのばして枕元の時計を見る。デジタル時計が7時13分を表示している。
「ここからなら駅まで急げば10分。8時前に電車に乗ればとりあえず会社の始まる時間には間に合うな。」と胸の中で小さくつぶやく。
それにしても、もすごい頭痛。昨夜はどれくらい飲んだのだろう。途中からはあまり覚えていない。
時間を確認して少し安心したものの、もうひとつやっかいな問題があった。隣に女が寝ているのである。知らない女だ。
女の顔をそっと覗き込むと口を半開きにして涎を垂らしていた。
昨夜この女と何の話題で盛り上がったんだっけ。
最初の店を出た後、二人で何軒かハシゴしたこと。そして、そのままこのホテルへ入ったことを二日酔いの頭を抱えながらぼんやりと思い出していた。
女はお世辞にも美人とはいえないが、その顔は誰かに似ている。どこかで見たような顔だが、さて誰に似ているのか、すぐには思い出せなかった。
それよりも何よりも今はとにかく急がなくては。
「おい、起きるぞ。朝だぞ、朝。」
熟睡している女の体を揺すった。
「えー、今何時?」
女が目をこすりながら体を起こすと上半身があらわになった。赤くてずいぶん大振りな乳首を見て、梅干みたいだなと思った。
「もう7時過ぎてるよ。オレ仕事なんだから、早くしろよ。」
シャツのボタンをはめながら女を急かした。
「モウ、サイアクゥ。」
女は不貞腐れた感じで頭をボリボリ掻きながら立ち上がった。
「オマエ、どうするの? 今日、仕事じゃないのか?」
「アタシ、友だちのとこ行く用事あるから。」
「そ、そうか。何でもいいから早くしろっ。急げ。」
女に早く服を着るように言い、支払いを済ませると慌ててホテルを出た。
「ふーっ。」
大きく息を吐き出しながら腕時計に目をやった。
「7時半か。何とか間に合いそうだ。」
自分で自分の息が酒臭いのがわかった。しかも、シャワーも浴びずに出てきたので体中がべたべたして気持ち悪い。
空は雲ひとつなく晴れていた。健康的な初夏の日差しがやけに鬱陶しく感じた。
「オマエ、どうするの?」
「アタシ、友だちの家まで歩いて行けるから。」
「あ、そう。じゃあな。」
そう言ってホテルの前で女と別れた。女は駅とは反対方向へ面倒くさそうに歩き出した。名前も連絡先も聞かなかった。
ケータイでメールを打ちながら歩いて行く女の後ろ姿をしばらく見ていたが、やたらに丈の短いデニムのパンツから伸びている太腿が歩くたびに小刻みに震えるのが可笑しかった。
オレは小走りで駅へと急いだ。途中、まだ開店前の駅前商店街のあちこちに「五木ひろし座長公演」のポスターが貼ってあるのが目に入った。オレはあっ、と思った。
「い、五木ひろしだ。」
その時、ポスターの中で時代劇のカツラをかぶって“決め顔”をしている五木ひろしとあの女の顔とがいきなり重なったのである。
誰かに似ていると思ったが、そうか、五木ひろしか。
女の顔が五木ひろしに似ているとわかった途端、オレは吹き出しそうになった。込み上げてくる笑いを必死に抑えながら駅に向かった。
(つづきません)
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2 件のコメント:
大振りな梅干乳首で五木ひろし似。
心中お察し致します。
苦笑していただければ幸いです。
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