2020年2月10日月曜日

●月曜日の一句〔宮本佳世乃〕相子智恵



相子智恵







その他はブルーシートで覆はるる   宮本佳世乃

句集『三〇一号室』(港の人 2019.12)所載

掲句、何がブルーシートで覆われているのか明示されていない。ただ〈その他は〉とあるだけだ。〈その他〉は「それ以外のもの」ということだから、逆にどうしても「以外」で区切られた「それ」を思い浮かべる構造になっている。「それ」であるところの「ブルーシートの外の世界」は、「それ」として言及するほど特別であり、つまり、取り立てて言及する必要のない「名もなき日常」の世界ではないことがわかる。これは日常の中で見たブルーシートではなく、やはり被災地のブルーシートなのだろう。

ブルーシートに関する wikipedia に〈阪神・淡路大震災では、避難所の設営、破壊された屋根の雨漏り対策などに使われ、防災グッズとしての利点も見いだされたことから、対策の備蓄品として防災倉庫にストックする自治体も増えた〉と書いてあって、ブルーシートには「災害」という読みのコードが強烈に付加されたのだ、と改めて思う。

ここから〈覆はるる〉で見えてくる景がある。ブルーシートに覆われ、半端に「片づけられた」景だ。掲句はその悲しみを、透明感のある静かな文体で詠む。

かつて、この場所には〈その他〉と「それ」をブルーシートで分ける必要のない、名もなき日常があった。再び日常を取り戻そうとするその場所のあちこちが、今はブルーシートで覆われている。景観を考慮して青色になったというシートの、明るくのっぺりとした人工的な青色に、何とも言えない喪失感がある。

〈その他は〉と極度に風景を抽象化しながら、被災地の風景の本質を静かに掴み出している一句だ。

2020年2月9日日曜日

【名前はないけど、いる生き物】 2/6木曜 に思いついて書いたこと、今週書いたもの 宮﨑玲奈・宮﨑莉々香

【名前はないけど、いる生き物】
2/6木曜 に思いついて書いたこと、今週書いたもの

宮﨑玲奈・宮﨑莉々香



ダメな日もいい日もある。


最近夢をよく見る。毎日見ている。もともと、そんなに見る方ではなかったので、毎日見ているということに、自分でもびっくりしているくらいだ。今日はアメリカンダイナーみたいなところで、フィッシュアンドチップスをコーラ片手に、ダラダラ食べていた。



なんとなく今日はなにも書いてない気になって、いそいそとタイピングをしている。

こういう時のために、このノートはあるんじゃないか、っても、ちょっと、思う。

小学校の頃よく書いた自由帳みたいな感じ。わたしの自由帳にはやたら目がでかくて、服装に細かいデイティールが施されたオリキャラがピースをしてよく現れていた。


電車にて
A、椅子に座っている。

B、つり革を持って立っている。
A なんで立ってんの、

B え、

A いや、

B え、

A いや、

B え、

A え、だから、、空いてるじゃん、

B ……ああ、

A なんで立ってんのかなーって、

B ああ、、、

A だって、座ればよくない?
空いてんだし。ほら、

B まあ、

A 誰も、座ってないじゃん、ここ。

B うん、

A ね、

B まぁ、、、

A うん、



A え、

B ん?

A え、

B うん、

A え、だって長いじゃん、

B ああ、

A 目的地まで、

B うん、

A え、

B うん、

A え、どうして、

B いや、

A 座ればよくない?

B いや、、、

A え、いや、なんかあったの?

B いや、

A うん、

B そういう訳じゃないけど、

A うん、
C、来る。つり革を持って、立っている。
A え、

B ん、

A え、

B やめなって、

A え、なんなの、この電車、

B これ(つり革をAに渡す)

A はぁ?

B だから、ん、
A、つり革を持って立っている。
C 旅行、、とか、

A はい、一応、

C へー、

A まぁ、、、
D、電車から離れた少し遠いところに、お麩を片手に持って、出てくる。

もう一度、ここまでの一連の会話を行う。 

繰り返し終わって、
D 今日も疲れたなぁ、、、
D、笑って去る。

B、C、椅子に座る。
A 、、変な電車、

B なに、

A んんん、なんもない。



風邪の窓ちょいあかるさの紹興酒  



お腹の中にゼリーがたまる四時頃でなんもできない甘かった桃



アッバス・キアロスタミの『トスカーナの贋作』を観た。近所のTSUTAYAで借りてきたやつ。1月半ばに『つかの間の道』という演劇作品を上演したのだけれど、この映画のことを思い出したという指摘がアフタートークの中であった。

その数日後に、駒場アゴラ劇場で上演していたロロ『四角い2つのさみしい窓』を観た。脚本も、舞台美術も、ツアーとして行われる作品だということも、繋がりが見られて、なんだか、すばらしくて、感動した。フィクション、お話、童話的なラインをどう作るか、みたいなことを考えらされた。

どちらも「ふりをする」「本当になる」「にせもの」ということに関しての話だと自分の中では認識しているのだけれど、どうなんだろう。



物事には確かさのようなもの、なんてなくて、世界自体が流動的で、ものすごいスピードの中で、自分自身も瞬間的に変わりながら進行していっている。言葉にできないその速さの中で、言葉になる、することを選ぶのなら、祈りのように、選びたいものだ。

今日もわたしの街には、川が流れている。川沿いにはラブホテルが2軒あって、どちらも、新しい建物の様相とは言いがたい。海には、工場の煙突があるのだろうかとそんな想像をしながら、今日も自転車を漕いでいる。

2020年2月7日金曜日

●金曜日の川柳〔きゅういち〕樋口由紀子



樋口由紀子






お祝いに骨を鳴らしていただいた

きゅういち 1959~

こんなお祝いの仕方もあるのだ。「いただいた」と言っているのだから、骨を鳴らしてもらって、作者も喜んでいるのがわかる。おめでたい話を聞いて、咄嗟にどうやって祝福しようかと考えて、クラッカーとか音を出すものが手元に何もなかったので、とりあえず鳴る関連で骨を鳴らしたのだろう。

もう一つ仕掛けがある。「骨を鳴らして」とは字面だけを見ると、白骨を叩くのかと想像して、一瞬どきっとする。しかし、そんな大それたことではない。指の関節をポキポキと鳴らすだけである。どきっとさせるのも作者の意図だろう。骨関連では「骨を抜く」「骨を折る」「「骨を砕く」などが同類だろう。どれも字面だけを見ると引いてしまう。言葉の落差が生む可笑しさを書いている。

2020年2月6日木曜日

●木曜日の談林〔惟中〕浅沼璞


浅沼璞








文を好むきてんはたらく匂ひ哉   岡西惟中
『時勢粧(いまやうすがた)』(寛文十二年・1672)

「文を好むき」だから好文木、つまり梅のことである。

それに「き転はたらく」を言い掛け、梅の香へともっていく。



周知のように、「晋の武帝が学問に親しむと花開き、怠ると散りしおれた」という故事から好文木という。

「学問」→「気転」という連想から、「匂ひ」へと転じるあたり、連句的である。



〈梅は好文木というだけに、気転の匂いがはたらく〉といったところか。

ただし「梅」という表記はなく、いわゆる談林的「抜け」風の一句。


惟中(いちゆう)は歌学・漢学をこなし、貞門のみならず、談林内部でも論争をよくした。

西鶴ともライバル関係であった。

2020年2月2日日曜日

【名前はないけど、いる生き物】いれもの/かわりみ 宮﨑莉々香

【名前はないけど、いる生き物】
いれもの/かわりみ

宮﨑莉々香

https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEjL30GExUTOingj7-tPs5irJBreIN_Dm95MhAdIM89FSlNKyDItJzPhGWjtd1d72hGekq_9PLfNNnRJm2c0ZBV5IDsn4XbylHILncTf36AgbTcgMaaYjOSmSBV2vjWKKMcsvvxTcr7LEk4/s1600/RirikaMiyazaki20200202.png


焚火今からだがなくて見ているよ
五本指ソックス薄い光の二〇二
川になるけど口なしではいられん寒っ
むささびと窓のうちがわ昼のこと
ありふれた雪のせかいを歩く靴
道端の冬蜂浮かびくるテレビ
雲がある機嫌いい風枯れてく木
鴨と水見てる知らないわたしひろしま
自転車と葱が遠くになっていく
もみの木をぼーっのっとられて見たよ
テレビにはいない白鳥いない部屋
くらくらが蝋梅のなかへとまじる