樋口由紀子
ほうれん草炒めがほしい餓鬼草紙
飯田良祐 (いいだ・りょうすけ) 1943~2006
餓鬼草紙は飢えと渇きに苦しむ亡者となった餓鬼の世界を描いた絵巻物である。彼はそれが観たくて、わざわざ行き、息を殺して観ていた。自分と同類のセンサーを全身の肌でひりひりと感知していたはずである。しかし、「ほうれん草炒めがほしい」ことだけをとりたてて、故意に書いている。
餓鬼の世界を観てもほうれん草炒めを食べたいと思う、そういう人間なのだと自分自身を確認するように眺めている。ほうれん草の御浸しではなく、脂ぎった炒め物の質感が微妙に伝わってくる。自分は一体何を考えているのかを表そうとしている。そして実際に彼はその後でほうれん草炒めを肴にして、ビールを飲んだだろう。決して深刻ぶらない非情な自分を保つために。『実朝の首』(2015年刊)所収。
1 件のコメント:
餓鬼の地獄絵図。その悲痛は長続きすることなく、不謹慎とも
思える脂ぎった炒め物を欲する。悟りなき俗人にとってきわめ
て自然な心の変遷では...。
とまれ、明るい春を迎え桜の季節。しかし暗いニュースばかり。
「世の中は 地獄の上の 花見かな」小林一茶
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